つぶやき 2020.03.06 (金)




























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   うちのアパートのごみBOXのなかであさってる猫を見つけて
   コラっと言って追い出した

   最近よく見かける野良氏
   夜になるとよくアオアオ啼いてたまにけんかしてる猫氏が二匹いるんだけどそのうちの独り

   コラっと追い出した後ここはダメだぞというと振り返り
   「けっ」 という顔をした
   「おぼえてろよ」とでも言いたかったか

   去っていこうとする後ろ姿に「どっかあったかいとこに行くんだよ」と
   さらに余計な声を掛けたら今度は振り返りそこに座り込んでしまった
   「そんなこと言われてもね姐さん行くとこなんざねえですよ」
   そんな風な声が糸電話みたいな感じで伝わってきた(ような気がしただけ)


   私みたいな人間には関係のないこと
   でも気になるんだよなあ 
   無責任だけど 「死になさんなよ」ともう一回声をかけた




   そのあともたびたびこの野良氏には会う
   もうゴミ箱をあさることはしてない、
   どうやらやせてはいないからどっかで餌もらってるんだろう



   ニンゲンが画面の中でわあわあわあわあ不安で心配で騒がしくして
   でも外は静か 
   猫が暮らすにはちょうどいいだろう

   
   早く春になるといいなあ と 思ったりする   
   
   





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つぶやき 2019.11.15 (金)








   







   人は苦手
   でも人の気配を探して旅に出る
















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つぶやき 2017.01.05 (木)


   あらためまして

   2017年 はじまりました
   まだ 拙ブログ続いております

   なんどもいろんなことに・・・・そうとしか表現できないのだけど いろんなことに
   ココロ折れそうになっていますが
   なんとか立て直し
   というよりは ココロ折れそうならば 折れそうなままに まだ続いております
   今年もよろしくお願いいたします





   年末年始は 実家に帰省しておりました

   年々 両親のことが気がかりです

   たまにあえば そういえばあのときとうさんが転んで歩けなくなってね とか このとき熱あってしんどくてねとか
   そういうことが事後報告 すぐに教えてねとはいっても心配かけたくないからと
   まあ その気持ちもわかる 自分もちょっと深刻なことがあっても息子たちには絶対に言いたくないし 
   でも ダンナの両親の事 自分の両親の事 それぞれに抱えることがあって
   誰が一番動きが取れるかと言えばこの私なので
   子どもたちはだいぶ自分のことは自分でできるようになったし
   ダンナも いいかげんなんとでもなるはずだから自分のことは自分でするようにしてもらい
   今年は昨年以上に両親のところに行って手伝いをする回数を増やさねばと思うお正月でした



   両親とはこの数年 両親なりに考えている「終活」の具体的内容を話し合い
   また もしかして施設を利用する際には ということも 一緒に見学もしようとも 納骨堂の事葬儀のことも
   考えたくはないけれども 考えることは必要と  両親の書いたエンディングノートというものを確認し
   何かあったときにはとにかくすぐに私のところに連絡をと 年末年始はその確認することが恒例になってる
   出来るだけのことはしたいし すぐに駆け付けられるように準備もしてる
   ただし帰省のたびの手伝いも なにもかもやるのではなくやれることはやってもらうようにとも工夫し
   私も手伝っていますという雰囲気を出さず、かるいかるい という感じで手を動かす やってやってるんじゃない
   そうじゃないと とくに父は運転免許も返上したので 何でもかんでも年寄り扱いして尊厳をも取り上げたくない
   私が手伝うよりも 孫たちと一緒に作業をすることのほうがすんなり笑顔になってくれることがその証拠


   そういう一日の過ごし方や 私の両親の話を 息子たちも聞いていて 
   祖父母と過ごす時間で 今まで生きて在ってきたものへの敬いの気持ちを感じてもらいたい
   彼らがいなければ 自分はなかったんだということ
   これは決して感情レベルの話ではなく生物的レベルでの話 
   これも いま どんどん廃止の言葉が聞かれる鉄路を敷いた先人の努力に対する敬いにもつながると勝手に思ってる
   少なくとも 簡単に 安易に 吐き捨てるようには 北の鉄道を扱うまい  
   
   




   私の実家近くには
   むかし鉄路だったサイクリングロードがあって そこは昔鉄道だったんだよ、デゴイチが走ってたんだよ と
   路線が変わったからこっち廃止になってね と 何度も何度も話したことがある
   そして そこを息子をモデルに 北の方角の空に向けて一枚とるのも 帰省のたびの恒例
   すっかり私より鉄道に詳しくなった息子たちは それをよく知っていて それでもそこに私や両親が棲んでいて
   それを目の当たりにした時の思い出を話すと興味を持つ 
   ここには 鉄道の気配がいまだ存在し
   その思い出は尽きず その思い出を内に宿せば 今でも鉄道のころの気配に包まれる


   あの トンネルが見えてる横には昔 柏の木があってね
   そこでよく木登りをしたんだよと 私が息子に言い
   そこでよく木登りしてたよねえと 母が私に言い
   ちょっとした 自慢 一気に自分子どものころに見た木の上からの景色が浮かんでくる


   考えてみりゃ木登りなんかしたことがない息子たちは かあさんならやるよねと笑って聞いていた




(1/2 旧千歳線 大谷地~月寒間)









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つぶやき 2016.11.24 (木)














   どこかの誰かが言ってた言葉
   「地方に住む権利があり その先の山奥にも住む権利がある」





   ・・・ を つぶやいてみる

  



   















   




   鼻でわらうなよ










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   外は冬
















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つぶやき 2016.09.20 (火)









   アイヌの人々は
   「人間のために役立つよう天上の神より地上に降ろされた木は、
    神の国でも同じように日常生活を送っていたから、
    生えている のではなく 座っている と考えた。
    秋には赤い着物を着ていたけれど 冬になると白い着物をまとって座っている。」



                                           アイヌ植物誌   福岡イト子著










retar tat ni
白樺 レタッタッニ    白い 樺の皮の 木    











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