きしゃ旅 2015.03.05 (木)








   雪深い峠をいくきしゃについつい「頑張れ」と言ってしまうあなたは 鉄道きらいじゃないはず








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(函館本線 上目名付近)









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追記に写真たくさんたくさんたくさんアップしております お時間ある方はお寄りください





   倶知安




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   雪の上にちょろっと見えるのは転車台
   復活蒸気のシロクニが走ってた時
   この転車台は「ふるさと創生」の一億円で作った(実際は新得のをこっちに持って来た)やつだと 
   当時は鉄道ファンじゃなくても転車台見にいくひとも私の周囲にずいぶんいた記憶あり


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   いまは異国の旅人が長期滞在するマチの駅となった倶知安

   とくにオーストラリアからの訪問が多くて・・・・・いろいろ問題もあるんだ、いろいろね と
   この地方に住んでいた知人がこぼす話は かなり深刻だった

   今度はこのマチに新幹線が来るらしい
   そうなったら山線はどうなるのか みんなおかねの流れる方向の話しかしない 昔から住んでる者の声は届かない
   このあたりのドロドロな(いちぶ確証のないような)話もこぼしつつ 
   知人は30年くらいやってた民宿を苦悩の末たたみ 実家の親の介護のためこの地を去った 
   どうもこうもならんくて・・・    ひとそれぞれにかかえるものあり、これも現実   
   

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   周辺地域からとられた木材を倶知安まで流し 陸揚げされ 倶知安から鉄道にのせて輸送したという
   重要な水の道だった尻別川

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   車窓は 此処も有名になった「ひらふ」
   この駅の宿の現オーナーさんがお嫁さんを迎える時のテレビ番組を すでに幼児テツな長男と見た
   その時のビデオもまだ持ってる 擦り切れるほど見たからいまはもう再生無理かもね 
   長男は興味しんしんだったからそのうちここにくることもあるかもしれない 私もひとり旅で来てみたい   
   駅のオーナー夫婦も道外からきた元旅人 知人はこの宿のことについてもいろいろこぼしてた
   地元民っていうのは何かと外から来た人間に対してとりあえず一言物申したい、そういうものなのかもしれない
   私が白滝に来たときだって ましてダンナは教師だし きっとあちことで一言物申されていたに違いない
   そういうもんだ わかっててここにいるさ ここがいいから と お宿のご主人夫婦も達観なされていることだろう


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   比羅夫過ぎたら青空に

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   車窓に見えるのは 王子製紙尻別川第一発電所 大正10年に建てられたもの
   経済産業省の近代化産業遺産(北海道赤煉瓦) 2006年からはもう稼働してはいないもののこれも川の恩恵


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   羊蹄山は・・・裾だけちらみせ

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   一大観光地、ニセコ着
   駅の正面は素敵な山小屋風だけどホーム側は昭和の香かおる普通の駅でなんだか安心する



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   乗客のほとんどがここで降りたらしい

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   黄色いのは「ニセコ大橋」

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   続く駅は「こんぶ」「らんこし」 
   ここから車でちょっと行ったとこに知人の民宿はあった
   このあたりは民宿とか貸しペンションとか多くて 大学のサークルの合宿と言えばこのあたりだった私の若き日の頃
   何の合宿か知らないけどとにかくテニスだスキーだと 若者がうろうろしてた
   私もその一人だったはずなんだけど・・・あんまりいい思い出はない 
   狭い狭い二十歳前後の未熟な人間関係の中でのごったごたはいやでいやでしかたなかった 
   でもあんなもんなんだろうな そもそもあれは 当時を振り返って
   恥ずかしくてニ度とあんな世間知らずな感情の駄々漏れはしまいとの戒めとしての日々を残すための通過儀礼

   ここ いまはどうだろうか?未だそんな感じなんだろうか?


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   目名峠に向かおうという時に再び雪


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   スノーシェルター抜けた峠の頂点あたりは かつての上目名駅付近

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   保線のための覆いが此処が豪雪地帯だと知らせる

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   ねっぷ、くろまつないまで ようやくやってきました


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地域の歴史はもちろん、私の思い出も濃い山線
写真は先月のモノ、撮ったのは長男です
こりずに記事はまだまだつづきます



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