きしゃ旅 2015.03.21 (土)




   長男が先日乗り鉄した写真の記録 今回はようやく5日目のもの

   ひとつの記事に写真が多すぎてもうおなかいっぱいでという声も耳にしていますが
   それでもこんな記事読んでくれていることに感謝 写真いっぱいですいません

   鉄路には歴史があり 息子がたどったところを地図・グーグルマップ・文献なんかでいろいろと調べたり
   自分も若いころ行った地域の思い出と重なったりで ひとり旅に出た気分をなぞっております
   こういうのも楽しい




   今回もはじまりは札幌駅 ここからこの冬季限定特急に乗車











   中はこんなで 輸送目的の列車とは明らかに違う様相

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   なぜか「宇宙兄弟」
   どうせなら知床とか流氷とかの映像でもよかったのに 乗車時間後半がそうなのかも

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   横っちょに同じく臨時の「ヌプリ号」が寄り添う
 


   ともかく長男はノースレインボーに乗って滝川まで向かいます

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   続きは追記にて




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   滝川駅で下車


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   滝川駅の馴染みの風景だった、いまはもうなきこの列車   

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   白い雪の駅によく似合ってた サヨナラ赤電

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   滝川からは根室本線へ かなり知られたこの汽車2429Dに乗ってゆく

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   あいかわらず 道内屈指の豪雪地帯

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   そうして このあたりも道内屈指の炭都だった
   ほとんどが大正に開業している駅 この線路開通で炭鉱も栄えたんだろう

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   空知川が作った地形を鉄路が行く

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   すっかり昔の石炭で栄えた面影のない赤平駅 でも雪下ろし作業の大変さはは今も昔もおんなじかなあ

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   車窓ごしの小学校の写真
   看板に書かれているのは 「住友赤平小学校」 の閉校式が一昨年11月だったこと
   調べてみたら住友赤平炭鉱が操業してすぐに開校した学校、炭鉱マンの子どもたちが通っていたらしい
   炭鉱は1994年に閉鉱 旧財閥の名前が付いていた公立の学校は美唄とかにもあったけれど 
   この学校の閉校でこういう冠のついた学校はもうなくなるのだとか
   (空色コールマインさんの記事 リンクしておきます 勝手ながら…すみません)  

   よく見つけて写真撮ったものだと かあさんは感心

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   茂尻は元貨物駅 石炭の積み出し駅だったとか

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   炭鉱のマチだった駅によく在る、広い構内とすき間と長い跨線橋

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   平岸の駅は大正の開業当時のモノではないらしい それでも昭和の香りがする

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   眼下は空知川 線路が高いということは段丘の上を線路が走ってるのかな
   平・・・ピラ は アイヌ語で崖の意味


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   芦別
   子どものころの記憶は 三井の炭鉱のまち というよりも
   「北の京 芦別」 「芦別レジャーランド」 「星のふる里芦別」 「芦別カナディアンワールド」  の
   子ども心にもこれはないだろう、と 感じた 奇妙な観光路線を歩んだまち、いまでいうと「イタい」と言うような記憶

   大学時代の同級生は此処の出身でやっぱり父親は炭鉱マンだった もっと芦別の話を聞いておけばよかったな 

   今 芦別と聞くと真っ先に思うのは「星槎高校」 興味のあるお方はサイトを覗いてみてください
   発達障害を抱える子、不登校で悩む子などを支援する全国規模に展開する私立学校の本部でもあり、
   三井芦別炭鉱の炭鉱マンの子どもたちが通っていた頼城小学校閉校後に設置されました 
   この学校の善し悪しのうわさは様々だけどこういう学校もあるんだということ 

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   駅は炭鉱で栄えた町としての 威厳があるような  きっと 想像もつかないぐらいの賑わい
   ヒトの声と 煤けた汽車と そんなものが 長男には想像できただろうか・・・・どうかなあ

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   ここ野花南から次の島ノ下駅までの間には むかし滝里駅とその集落があって 
   滝里ダムができたことでトンネルのルートに代わったため 滝里駅は今はダム湖の底

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   「北の国から」に このダムに沈んだ滝里の話がちょこっとでてる
   蛍の彼氏がこのダムに沈む集落出身 ダムの話は覚えてたけどそれが滝里だとはいまさらに気づいたし
 
   今や貴重な映像がドラマの中にあるとは 実際滝里の住民だった方にはそれこそ永遠ね

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   このさき滝里ダム 線路は反対側のトンネルに行くので車窓からダムは見られない
   左のカーブの道路がどうやら旧線をなぞってるらしい

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  長いトンネルを出たら その旧線の跡らしき遺構があり

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   島ノ下駅
   前の駅とはがらっと天気も歴史も違う、ここはもう炭鉱の匂いのあまりしない富良野地区  

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   富良野は貨物の駅でもある 炭鉱ではなく農畜産業などのまちなんだね

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   富良野 青空が迎えてくれたようです

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