2018 031234567891011121314151617181920212223242526272829302018 05








北海道に空襲があった日









今までも何度か記事にしてきたけれど
7月14日 15日は 70年前北海道に空襲があった日



昭和20年 7月 15日 午前10時過ぎ 
空襲警報下で 網走駅を一時間以上遅れて出発した釧路行613混合列車
(蒸気機関車79614機 セキ10両、客車3両)が
北浜駅を出て間もなくの 今は原生花園の駅のところで アメリカのグラマン機の掃射にあい
機関車は銃弾を受け停車 車両には無数の穴があき 蒸気が漏れ 負傷者数名、 
おかあさんといっしょに乗車していた、2歳の女の子が客車内で銃弾を受け 
外に逃げ隠れたハマナスの花のかげで亡くなった

網走空襲として記憶されている7月15日が慰霊の日  それが由来かどうかは知らないけど網走はこの日がお盆 



1945年 7月14日と15日 アメリカのグラマン機による機関掃射があり 二日間で北海道のうち79の市町村が空襲を受け
1958人の死者1000人ほどの負傷者(いづれも推定)
どの地域でも実態についての資料は 軍や政府などによる書類の焼却の命令に忠実に実行され
民間レベルでの情報の収集・記録活動が封じ込められ 状況情報も過少に抑え込まれ 
被害がどれだけ悲惨なものであったかをしらずに 戦争がどんなものかを歪められて伝えられ
一般市民の認識の薄さに繋がった   (菊池慶一先生著 「北海道空襲」より)

これは いま現在にも当てはまる   

網走ではこの空襲で6人の少年兵が亡くなってる
戦時中 軍の規則が改正されて17,18歳の男子も召集可能になったのだとか 「防衛召集」とかいう名目で  
たぶん今の政府も うまいコトバを作って 「いやそれは徴兵ではない」とかいってだます気だろう 
都合悪かったり言うこときかなかったりなことは消そうとしたり 気づかれないよう上手くやさしいコトバ使ったり 平和って言葉盛り込んで戦争への流れを作ったりしてる  「オツベルと象」思いだす 戦争は戦争の眼でしかものを見ないのに
違憲だといわれたらその憲法を変えようとしてるんだからおそろしいおろかしい 


強行採決とは何たること  
そんなんにだまされん 大事な大事な大事な息子たちを戦争なんかにとられてたまるかと思う 
   







002_convert_20150714083457.jpg












005_convert_20150714083725.jpg










   息子がお勤めするこの駅は始点であり終点である・・・笑い話じゃなくて










012_convert_20150714084150.jpg











013_convert_20150714084312.jpg









   働ける幸せ 旅できる幸せ 写真を撮れる幸せ 好きなことしようと思えば実行できる幸せ 









018_convert_20150714084537.jpg









016_convert_20150714084725.jpg









024_convert_20150714085451.jpg









   前向きにだって後ろ向きにだってとにかく生きていける幸せ

   望むなら 夢を次へ次へと描いていける幸せ











031_convert_20150714085600.jpg










   息子らが穏やかに列車に揺られていられる幸せが 誰かの利益のために根こそぎ奪われそうな今の世の中に
   もっと腹立てていいんじゃないか 特に今日は







      




039_convert_20150714085731.jpg
写真はすべて長男撮影@網走








 以下、
 「紅の海」(1977年発行、北海道空襲・特に15日の網走空襲について調査し書き記した本)より抜粋


   「日本一小さな空襲であるだけに、その全貌を明らかにする追跡調査は可能である。
   敗戦一ヶ月前のオホーツクという地方の空襲から、戦争はいったい庶民にとって何であったのか、という
   戦後における課題に一歩近づけるかも知れない。
   そしてそれがまだ埋もれている全国全道各地の犠牲者たちの発掘へとつながっていくのではないか」



   北海道空襲について→ 北海道空襲 ・北海道空襲データベース
  





合掌







にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ

kisyakiha3_convert_20130617123548.jpg

[ 2015/07/15 ] 鉄道風景 | TB(-) | CM(6)

こんばんは。

愛とか平和とか自由とか文化芸術とか
最も遠いところにいる者ほど
臆面もなく口にしますよね。

護るとか言って一番危険にさらしてる、
てか、葬り去ろうとしてるクセに。

そんな人間、誰が信じるかバーカ、
って思ってるだけじゃ済まない世の中になりましたね…。

空襲といえば、ほとんど知られてませんが
京都にもあったんですよ。
昭和20年に数回、西陣では死者も多数出ましたが
やはり当時は報道管制が敷かれて実態は闇の中です…。
[ 2015/07/15 02:55 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんにちは



> 愛とか平和とか自由とか文化芸術とか
> 最も遠いところにいる者ほど
> 臆面もなく口にしますよね。


まったくです・・・・・・
国立競技場のことと言い なにが 庶民の幸福につながっていくのでしょう?
安保法案にしろ競技場にしろ みんなして反対って言ってるのに押し通そうとする恐ろしい政権です
言葉の裏側にある意味をこんなに巧みに使いこんでじわじわ自分の利益にしていく能力にはほとほとあきれます

>
> そんな人間、誰が信じるかバーカ、
> って思ってるだけじゃ済まない世の中になりましたね…。


おっしゃるとおりです
もう我が子の安全は私が死んでも守り通さねばと 具体的に現実的に思うようになりました

>
> 空襲といえば、ほとんど知られてませんが
> 京都にもあったんですよ。
> 昭和20年に数回、西陣では死者も多数出ましたが
> やはり当時は報道管制が敷かれて実態は闇の中です…。

気になったので調べてみました
そうだったんですね 
今となってはさらに事実は薄められていくのでしょう 
こういうことをブログやらに書くとすぐ偽善者扱いされたり左向き扱いされたりするんですが
おかしいことはおかしいって思います なんもできない自分だけど何かしなくてはと 普通に思います
息子たちを戦争関連で死なせたくないって 単純に母として強く強く思います 

[ 2015/07/15 09:15 ] [ 編集 ]

こんにちは

今、スーパーおおぞらの列車の中で拝見しています。

明日 原生花園駅を訪問致します。
原生花園で空襲があったこと初めて知りました。
jam様 情報をいただきありがとうございます。
明日は 亡くなった方のご冥福を祈りたいと思います。

私も母親ですから 自分の命よりも大事な大事な息子は、戦争にはとられたくないです。
[ 2015/07/15 09:40 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんにちは





> 明日 原生花園駅を訪問致します。
> 原生花園で空襲があったこと初めて知りました。
> jam様 情報をいただきありがとうございます。
> 明日は 亡くなった方のご冥福を祈りたいと思います。


そうだったんですね!
ちょうど原生花園駅の近くだったのだそうです
私も行けるときにはそこで手を合わせるんですが ことしはオバ鉄様に託し
今月末に網走に行きますので 遅ればせながらそのときお水をささげて来たいと思います
紀子ちゃんっていう女の子だったそうですよ 機関掃射が客車の中の女の子の身体を貫いたのだそうです 
すぐそばにいたおかあさんの悲しみ 計りしれません

明日は・・・たぶん息子駅勤務です(^^;)改札か窓口かにいるかもしれませんです(^^)
[ 2015/07/15 12:54 ] [ 編集 ]

ご報告

こんにちは

今、特急オホーツクに乗車しています。

白滝駅を発車しました。
jam様の代わりにお水を捧げ、手を合わせてご冥福をお祈り申し上げました。

子供を亡くした母親の気持ちは痛いほど分かります。
17年前 私の姉の一人息子が16才で突然病死しました。
姉が産後3ケ月入院したので私が退院するまで育て、我が子同然だったので
突然の悲報は腰が抜けて立てませんでした。
しばらく 茫然自失状態でした。

紀子さんのお母さんも半狂乱でしたでしょう。

jam様のお陰で厳粛な気持ちで原生花園を訪れる事が出来、感謝申し上げます。

網走駅のみどりの窓口に、お若い方が二人いらして
二人とも接客中でした。
一生懸命に頑張っていらっしゃるようです。
[ 2015/07/16 16:31 ] [ 編集 ]

Re: ご報告

こんにちは


コメント拝見して とてもうれしくなりました

私は網走空襲の遺族とは何の縁もありませんし かつて網走に住んでいてその事実を知ったというだけなのですが
知った以上は 「知っている」という事実は これを決して素通りすることできなくさせました
この時期網走に行くと私もいつも原生花園のハマナスの下で手を合わせます
オバ鉄様が想ってくださってきっと女の子も喜んでいるのではと思います
私も今月末 お水をささげに行きたいと思ってます

紀子ちゃんが被弾して 乗客は乗務員の指示のもと客車から降りて原生花園のあたりに咲いていたハマナスの陰に隠れたのだそうです 
そこでおかあさんは心みだしつつも女の子の止血をしていたのだそうです でもそのハマナスの陰で亡くなってしまいました
「ハマナスのかげで」という、このことを書いた本があります

子どもを亡くしてしまうということは 
とくに 母親にとっては 計り知れない悲しみですね

戦禍で子どもたちがなくなることのない平和な世界を願います 



窓口のどちらかが息子だと思います(^^;)
この季節は休憩なく忙しいのだと言っていました
充実した働き 元気に過ごしているようで安心しました ありがとうございます
[ 2015/07/18 08:22 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する