鉄道風景 2015.07.15 (水)








今までも何度か記事にしてきたけれど
7月14日 15日は 70年前北海道に空襲があった日



昭和20年 7月 15日 午前10時過ぎ 
空襲警報下で 網走駅を一時間以上遅れて出発した釧路行613混合列車
(蒸気機関車79614機 セキ10両、客車3両)が
北浜駅を出て間もなくの 今は原生花園の駅のところで アメリカのグラマン機の掃射にあい
機関車は銃弾を受け停車 車両には無数の穴があき 蒸気が漏れ 負傷者数名、 
おかあさんといっしょに乗車していた、2歳の女の子が客車内で銃弾を受け 
外に逃げ隠れたハマナスの花のかげで亡くなった

網走空襲として記憶されている7月15日が慰霊の日  それが由来かどうかは知らないけど網走はこの日がお盆 



1945年 7月14日と15日 アメリカのグラマン機による機関掃射があり 二日間で北海道のうち79の市町村が空襲を受け
1958人の死者1000人ほどの負傷者(いづれも推定)
どの地域でも実態についての資料は 軍や政府などによる書類の焼却の命令に忠実に実行され
民間レベルでの情報の収集・記録活動が封じ込められ 状況情報も過少に抑え込まれ 
被害がどれだけ悲惨なものであったかをしらずに 戦争がどんなものかを歪められて伝えられ
一般市民の認識の薄さに繋がった   (菊池慶一先生著 「北海道空襲」より)

これは いま現在にも当てはまる   

網走ではこの空襲で6人の少年兵が亡くなってる
戦時中 軍の規則が改正されて17,18歳の男子も召集可能になったのだとか 「防衛召集」とかいう名目で  
たぶん今の政府も うまいコトバを作って 「いやそれは徴兵ではない」とかいってだます気だろう 
都合悪かったり言うこときかなかったりなことは消そうとしたり 気づかれないよう上手くやさしいコトバ使ったり 平和って言葉盛り込んで戦争への流れを作ったりしてる  「オツベルと象」思いだす 戦争は戦争の眼でしかものを見ないのに
違憲だといわれたらその憲法を変えようとしてるんだからおそろしいおろかしい 


強行採決とは何たること  
そんなんにだまされん 大事な大事な大事な息子たちを戦争なんかにとられてたまるかと思う 
   







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   息子がお勤めするこの駅は始点であり終点である・・・笑い話じゃなくて










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   働ける幸せ 旅できる幸せ 写真を撮れる幸せ 好きなことしようと思えば実行できる幸せ 









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   前向きにだって後ろ向きにだってとにかく生きていける幸せ

   望むなら 夢を次へ次へと描いていける幸せ











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   息子らが穏やかに列車に揺られていられる幸せが 誰かの利益のために根こそぎ奪われそうな今の世の中に
   もっと腹立てていいんじゃないか 特に今日は







      




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写真はすべて長男撮影@網走








 以下、
 「紅の海」(1977年発行、北海道空襲・特に15日の網走空襲について調査し書き記した本)より抜粋


   「日本一小さな空襲であるだけに、その全貌を明らかにする追跡調査は可能である。
   敗戦一ヶ月前のオホーツクという地方の空襲から、戦争はいったい庶民にとって何であったのか、という
   戦後における課題に一歩近づけるかも知れない。
   そしてそれがまだ埋もれている全国全道各地の犠牲者たちの発掘へとつながっていくのではないか」



   北海道空襲について→ 北海道空襲 ・北海道空襲データベース
  





合掌







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