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てられな








   最近蔓延している、旧白滝駅のたったひとりの定期利用学生の卒業を待っての廃止 の 心温まるエピソード


   て
 
   そもそも現実はそんなんじゃないし べつにJR側が積極的に住人に寄り添い卒業を待ってたわけじゃないし
   在学中にもかかわらずJRのほうから廃止の話が出た時に地元からもう少しで卒業だから待ってくれとお願いしたので
   JRが待っててくれたわけじゃないし 新幹線が昨年開業してたら昨年ここ廃止になってたし  
   新幹線のあおりを受けて今度のダイヤ改正で廃止になるのはここのほかにも数駅あるし
   この駅が廃止になるその時に高校生の通学も終わるというだけのこと 
   つまりはもうこの駅を利用するものがいないんだということ 駅の歴史が終わるという現実があるだけの事
   美談に仕立てたのは誰?
   きゅうしらだけなら美談で通るかもだけど 
   上白滝駅は利用者もいて汽車通学予定者もいるのに 嘆願もしたのに 廃止だし?
   正確な情報なんてな伝わらないもんだべな





   
   


   あんまりなことが続いてちょっといろいろ苦しかったけど
   いまはただ原点だけ見ようと思った今日の午後



   たった一人の高校生が卒業のその日まで穏やかにこの駅とともに歩めますように
   この駅を静かにきれいに見送りたいと願う地元の方々の思いが伝わりますように
   
   てか 「廃止される秘境駅祭り」になりすぎないでほしいな
   
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[ 2016/01/10 ] 旧白滝 | TB(-) | CM(6)

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[ 2016/01/14 21:43 ] [ 編集 ]

鍵コメ様 こんにちは

鍵コメ様こんにちは
コメントくださり感謝です

コメント内に書かれていたこと それを行動された勇気 その姿勢に頭が下がります

ご指摘の通り最初は勘違いからはじまりましたね
鉄道ファンならこんなの間違ってるよ~と 当然のことなので訂正するものもいなかったのだけど
だんだんおかしな方向に行っちゃったように思います
ほかのところにも書いたのですが
これが旧白滝駅だけの話なら まだ美談として通っても 多少情報にくい違いがあってもまあよかったのかもしれません、
白滝への関心が高まるのはわるくはないことです
でも、 旧白滝だけが特別なことではなく北海道はこの駅含めて8駅が今度のダイヤ改正で廃止になるし
上白滝駅はまだ利用者がいるのに、嘆願もしたのに廃止決定で悲しい思いをしあきらめもしているところに
それを旧白滝駅のことだけ取り上げられて不正確な情報で「JR北海道も粋なことをする」とか書かれてたりしたら 
白滝地区のものは、そりゃあ 困惑します  

再度書きますけれども
集落から人が減り 利用者もいなくなり 集落の駅が廃止になり またその不便さに人が減る
これはけっして美談なんかじゃないと思うんですよね、これは現実の話です しかも結構深刻な問題です
この地に住んでいるものの物悲しい気持ちは 「映画化!」とかいってるひとたちにはわからないでしょうね

私もそもそも正義を振りかざす人間じゃないですしそんな器なんか持ってませんし
ほんと大したことはなんも持ってないものです ここまでひろがってしまってびっくりですけれども、
とにかくも 廃止のその日までできるだけ穏やかにトラブルもなく過ごしていけたらいいなって思います

コメントありがとうございました 

[ 2016/01/14 23:35 ] [ 編集 ]

こんにちは。
鉄道を被写体とする人はデジカメの普及と共に増えたと思います。きっと、ファインダー越しに眺め、一枚の写真となったときに、鉄道には言葉にならないような魅力があるのだと思います。
しかし、その中にも、本当に様々な人がいますね。乗り鉄、撮り鉄、といった趣味の形の話ではなく、「鉄道を介して、自分と社会の繋がりを想像できるか否か」ということです。
鉄道が好きであれば、失われるものを惜しむ気持ちが湧いてくるのは、皆一緒だと思います。それが、自分にとっては趣味の対象の喪失だったとしても、隣にいる誰かにとっては実生活に関わる一大事かもしれない、と感じることができるかどうか。鉄道はあくまでも社会インフラであることを理解できているか否か。
その人が趣味の範疇であっても、本当に惜しいなら、現地を訪ねることを否定しませんし、その思いを語るのも悪くありません。ただし、鉄道に対する正しい認識があれば、行動も発する言葉も自ずと不快なものにはならないのではないかと思っています。ましてや、論じる立場ならばその社会的な責任も踏まえた内容になるはずです。
こちらの記事の内容に触れ、残念でなりません。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc
[ 2016/01/20 10:25 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

風旅記さま こんにちは

コメントありがとうございます
何度も読み返しました


> 鉄道を被写体とする人はデジカメの普及と共に増えたと思います。きっと、ファインダー越しに眺め、一枚の写真となったときに、鉄道には言葉にならないような魅力があるのだと思います。


つくづく おっしゃる通りだと思います

>「鉄道を介して、自分と社会の繋がりを想像できるか否か」

鉄道に限らずどの場にいても自分は常に社会の一員であることを忘れずにいること ですね
私も常に自らを内省しなくてはなりません 肝に銘じます

鉄道というものはどこにでもつながっている 地方に関していえばこのレールは中央都市へとつながっている希望でもあったわけです それを敷いた人への思い 自分が旅する姿を重ねたり 誰かがその先にいることを思ったり
具体的には それが社会とのつながり なのでしょうね
それを思わない日はありません 常に思っています 特にこの地は強制労働で敷かれた線路がある 線路を敷いた先人の思い 線路を願った地域の人の思い 鉄道にほれ込みそれを自分の生活の救いとして生きている人も知っています

でも その場の鉄道風景に出会った瞬間には 
そのときはただただ 胸にしみる何かを感じる それだけなのかもしれません
おっしゃるとおり、言葉にならない何かなんだと思います




>鉄道が好きであれば、失われるものを惜しむ気持ちが湧いてくるのは、皆一緒だと思います。それが、自分にとっては趣味の対>象の喪失だったとしても、隣にいる誰かにとっては実生活に関わる一大事かもしれない、と感じることができるかどうか。鉄道>はあくまでも社会インフラであることを理解できているか否か。
>その人が趣味の範疇であっても、本当に惜しいなら、現地を訪ねることを否定しませんし、その思いを語るのも悪くありませ>>ん。ただし、鉄道に対する正しい認識があれば、行動も発する言葉も自ずと不快なものにはならないのではないかと思っていま>す。


白滝に住むご同業の方々とも 地域の方とも この話はしました
私もその通りだと思います

駅の行く末線路の行く末を静かに見守りたいという気持ち、失われて行ってしまうものを惜しみそこを訪ね親しみ別れを告げる気持ち
その両方 どっちもありなんですよ そのことは全然否定しているつもりはありません
その両方は相反するものではないんです 
だから、どちらかを否定するような、どちらかの気持ちを損なうような そんなものが出てきてしまうことが あまりにも残念 

実際 私だって時間と状況が許せばもういちど留萌本線を訪ねたい気持ちでいっぱいでした
だから ここを訪れる人が増えることそのものを苦々しく思ってなどいませんし
むしろ 歴史と愛着のあるおらが駅を訪ねてきてくれること、地元の方々はうれしく思っています それは以前にも書きました
うれしく思っていたからこそ いま駅にかかわることで腑に落ちないような事柄が起きているのが 
地元民の困惑のもとになっているのは事実です それをわかってもらいたくて書きました
黙っていられない私のいらんおせっかいです

廃止になる事実を地元の住人は 事実として受け止め それ以上でもそれ以下でもないのです
貴方様がおっしゃるとおり ここはまだ現役の駅ですし この地には生活している人がいて
旧白滝地区 上白滝地区 それぞれにぞれぞれの事情を抱えているのも事実 
そこに住んでいる人たちと私も多少なりともかかわり それぞれの事情を知っているから それを無視する気持ちになれません
私が 「鉄道に対する正しい知識を持って」これらの記事を書いたのか というよりは  
この地に住んでいて廃止となるわがむらのえきを巡回して回り 地域の人とも接して話をした中で感じた事 そのままを書いたまでです

私が書いたこの記事も 私が思っていることの氷山の一角でしかありません
表面的に表れるニュースにも氷山の下にはもっともっといろんな事情があります
白滝地区の本当の事情も 表面になど現れないものがたっくさん存在します
そのすべてを書き表せ そのすべてを把握できないのにかってなことばかりいうな と 私もこの一連のニュース以来
あちこちから言われましたから 私の表現はかなり未熟なのだと思います
貴方様がおっしゃる「社会的責任を踏まえた内容」であるかどうか 
改めて言われたらちょっと自信はないですね もう少し私も勉強しなければと思います 


もし こちらに来る機会がありましたら ぜひ駅一つ一つ訪ねてみてくださいませ
この冬 とてもとても静かに いつものように駅はたたずんでいます
 



 


[ 2016/01/20 23:43 ] [ 編集 ]

Jam様、
ご丁寧なご返信を頂き、ありがとうございました。
私の文章が言葉足らずで、Jam様に無用のご心配をお掛けしたかもしれません。
補足も兼ねつつ、きちんとお返事しなければと思いながら、今日になってしまいました。遅くなりましたこと、お許しください。

私がその“美談”を知ったのは、報道でした。事実報道風の記事で、淡々と書かれていたと思います。
石勝線の火災事故以来、おそらくは今までは報道されなかったようなことまで取り上げられるようになり、JR北海道の企業体質に対する糾弾が続いています。
それをもって、自分の大好きな北海道の鉄道が今どうなっているのかを知り、責任感をもってやって欲しいと思っていました。
そこにスターのように現れた“美談”です。
心から嬉しかったのです。
いろいろあるけれども、役割を理解して利用者のことを考えているのだと安心しましたし、喜んでいました。

Jam様の記事を拝見し、悲しかったです。

こちらの記事に触れなければ、おそらく今も“美談”を信じていました。
他の方のブログから辿ってこちらの記事に来たのですが、それは本当に偶々のこと、書かれていらっしゃいます通り、誰なのでしょう、“美談”に仕立て上げたのは。何が目的なのでしょう。そして伝えた者の責任は?
マスコミュニケーションの世界には、「社会との繋がり」をどう考えているのか、聞いてみたくなるようなことが時として起きます。
一つ一つの事柄を正確に知ることは難しいですし、それを完璧に表現するのも困難です。それでも、私の知り得ない当事者の方の言葉を聞けたからこそ、私はJam様の記事に触れられて良かったと思っています。

駅や停留所を一つなくすと、どれだけの経済効果があるのでしょうね。コストがどれだけ減るのか、間接的に効果が出る要素があるのか、鉄道の素人の私には分かりません。
一方で、地元の方々の気持ちを推測することは、私にもできます。
生活に直結し困っている人、使ってはいないけれども寂しく思っている人、地元とはいえ駅に行くこともないし関心もない人、静かになると喜ぶ人、様々いらっしゃると思います。
鉄道を趣味にする人、初めて興味を持った人、この機会に現地を訪ねることは全く否定しません。
ただ、「たぶんその地元には様々な想いが交錯しているだろう」と想像さえできていれば、おかしなことにはならないと思うのです。
例えば、「葬式鉄」という言葉を目にします。廃止・廃車という言葉に反応し、希少価値を見出しているのかお祭り騒ぎをする人達、私は論外だと思っていますし、接したくもないと思っています。
最後の時期くらい、普段から使っている人や昔に使っていた人が、その場所でゆっくりと心を巡らせる時間にできればいいのに、と思っています。
そこにお邪魔させてもらう、というくらいの気持ち、それも「社会との繋がり」と書きました。

何の根拠もありませんが、やがて日本の鉄道は、都市圏以外は、中核となる町を直結するだけの、その間にとっては通り過ぎてしまうだけの存在になるような気がしています。
社会インフラとしての鉄道、それでいいのか、それも「社会との繋がり」です。

実は偶々、近々に北海道を訪ねる予定でいます。
どの路線で旅しようか、だいぶ迷った挙句に、今回は石北本線方面ではなく、他に向かうことにしました。
一つ一つ駅を訪ねるプランも立ててみたりしました。が、やめました。
(これはJam様の記事に触れる前の話です)

初めて北海道に行った子供の頃、寝台列車で網走まで石北本線に乗りました。そしてどうしても、夜に通り過ぎてしまった石北本線の車窓をちゃんと見たくて、2013年に網走から旭川まで普通列車を乗り継ぎました。
ホームに降り立つことはできませんでしたが、廃止されることになった駅も、確かに列車から見ましたし、少しの写真も撮りました。常紋トンネルの長さも自分で感じ取りました。
私にとっての各駅の記憶は、そのままでいいと思ったのです。
自然体のその土地(の玄関だけですが)の記憶こそ、私にとっては宝です。

またいつか、石北本線を訪ねたい。
そのときに、そのときの自然体の風景を自分の目で見たいと思っています。

長い上に駄文、失礼致しました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc
[ 2016/01/23 18:27 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

風旅記さま こんにちは

こちらこそ ご丁寧なコメント感謝です 恐縮です


> いろいろあるけれども、役割を理解して利用者のことを考えているのだと安心しましたし、喜んでいました。

おっしゃることよくわかります
ここのところずっとJR北海道はよいニュースに恵まれていませんでした
もうすぐ新幹線開通の明るいニュースでさえ 私たちが住む道東方面のものはみな受け入れることができないでいました
・・・私たち道民のものには何の恩恵もありませんからね いまのところは
新幹線は道民のものではなく内地からくる道外のお客様のものです いまのところは
せめて札幌まで延伸が実現したならまだいいかもしれない
でも 新幹線から先の 鉄路のことは どうも考えてくれていないように思えますね
駅廃止だけではなく減便 特急のサービス廃止 kioskの一部廃止 道東の観光列車の終焉 
これだけのことがあると それまで何も思っていなかった者のこころまで鉄道から離れて行ってしまいます
私の息子はJR北海道に勤務していますし その会社のことを悪く言いたくはありませんし
そもそも新幹線敷設と地方ローカル線存続は相反するものとして存在していてはダメなんだと思うんです

で この「美談」ですが
たとえ不正確な情報であったとしても、これが 旧白滝駅だけのepisodeなら美談でもよかったんです
でもやはり、おっしゃるとおり、私はこのムラに縁あって住みつき 
息子が鉄道ファンなおかげで私もこの沿線の風景を好きになり ムラの人たちともかかわりを持ち
そうなると 旧白滝地区 上白滝地区 そのほかの白滝地区のそれぞれの事情を知っている以上は
やはり旧白滝だけ取り上げて美談にしてはいけないことなんじゃないかって思いました
上白滝地区の皆さんはちょっとあきれ顔でしたしね、旧白滝のことばかりが盛り上がって

北海道新幹線開業に伴い いろんなものが合理化の名のもとに消えていく
そのうちの一つが旧白滝駅廃駅で たまたま定期利用者の卒業と同時であったんだということ
上白滝駅にはまだ利用者も定期利用予定者もいたので存続を町も住人も嘆願したのに廃止になるんだということ
どちらにしても 白滝地区の4駅のうち3駅が廃止になる それはこの地区の人口減少・集落の危機であること
これは 住人もJR側も地方自治体側も 事実として受けてめている それだけのことです

自分たちの地域の駅がこんなに鉄道ファンに愛されていたことを
今この状態になって初めて知った住人の方がほとんどなんですよ びっくりされています
だから各地からここを訪れる人たちがいることを皆さんうれしく思っているようです
 


>



> 最後の時期くらい、普段から使っている人や昔に使っていた人が、その場所でゆっくりと心を巡らせる時間にできればいいのに、と思っています。
> そこにお邪魔させてもらう、というくらいの気持ち、それも「社会との繋がり」と書きました。


すごくよくわかりました 
おっしゃる通りだと思います
前にも書かれていましたが、沿線に住む人のことやそこに存在する社会のことを想像する力
それが社会とのつながりであること 大変納得です
ニュース以来増えてしまった迷惑な事柄は その想像力の欠如なのでしょう
私も知らずそうしていることがあるかもしれません よくよく省みていかねばと思います


> 私にとっての各駅の記憶は、そのままでいいと思ったのです。
> 自然体のその土地(の玄関だけですが)の記憶こそ、私にとっては宝です。

今の時期訪れる皆様は宗谷ラッセル石北ラッセルを目的にいらっしゃる方が多いようです
冬の北海道の鉄道を感じりうには一番かもしれませんね
私もなかなか行きたくてもいけないところですが 2月末には思い切って思うところを訪ねたいなって思います

おっしゃるとおり、私も 昔の鉄路の記憶そのままでもいい そう思っているところがあります
日高本線は特にそうですね 祖父母との思い出 子供のころの記憶
それはそのままに今も鮮やかです
いつか この石北本線の 白滝エリアも 私にとってはそうなるんじゃないかと思っています
いまは、正直 沿線の鉄道風景にカメラを向けるのもつらいんですよ、
胸がいっぱいになります まさしく一期一会ですからね 4月からは見られない風景もあるわけです
胸は苦しいですが 映像や写真に残すことでまたその記憶も思い出もよみがえる 
写真のすごさだなあって思います ですので ほそぼそと 本当の時間と気力と体調の良い時に まだ写真撮りにいかねばと思っています

>
> またいつか、石北本線を訪ねたい。
> そのときに、そのときの自然体の風景を自分の目で見たいと思っています。

駅廃止の そのあとなんですよね、住人の正念場は。
これからどうするのか 白滝地区の方々は皆これからの集落作りをどう考えていくのか
なくなってしまった、ではなくて それを生かすことはできるのか ふりかえらないのか
廃止のそのあとの姿を いつかぜひ 見にいらしてくださったら幸いです


ありがとうございました
[ 2016/01/24 14:06 ] [ 編集 ]

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