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伝言



























   

   世の中は変わっていくものだし 永遠やずっとは存在しないもの



   だったら自分は あるだけの息をしよう
   変わらないことをしよう 
   変わらないと思い込んでることだけど
 














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(7月15日撮影)





























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7月15日 71年前北海道空襲があった日なので 碑に手を合わそうとそこを訪ねたら関係者何人かがいらっしゃってました
そのうちのおひとりは元少年兵でこの碑の在る場所でかつて空襲で亡くなった少年兵6人の同僚 生き残られた方
当時亡くなった少年たちと同い年 今年88歳の御仁

当時の様子 このあたりの地理 現状 空気 少年たちのそれぞれの事情
詳しく覚えており それをお話しくださいました 今まで現場を知る方の話は聞いたことがなかったので貴重なことでした
88歳とご長寿で米寿 でもそれを嬉しいと思えない 彼らの分まで生きてきたという自負はない 
ここで行われる慰霊祭はもう数年前から遺族含め関係者の高齢化により公にはなく、有志によりめいめいの供養が行われる
自治体は何もしない もう取材にも来ない 年々来る人もいない けれども近くの住人や関係者がここを整えてくれている
もっと知ってほしい と 涙たたえてでも口調きびきびとお話しされる姿がとても印象的でした

慰霊碑に手を合わせに来た理由を聞かれましたが
私は亡くなった方の関係者でもなく縁もゆかりもない者で ただ偶然北海道空襲の記録を目にし それに関する資料を読み 資料作成された方の話を聞き この件をなんとなく知っている者
ただの「知らない者ではなく知っている者」であるゆえに こっそり来たとお返事しましたら
うんうんと ひたすらうなづかれました 変な奴と思われたかもしれません

ここは小学校の敷地 
そこにかつて少年兵の訓練場があったこと たこつぼがあったこと
最初は美幌の軍の飛行場を狙ったグラマンが天候不良のため引き返し 
雲の隙間から見えたこの建物を機関掃射し 17歳の少年たちがなくなったこと そのあと海に向かい漁船や走行中の列車や駅舎を掃射してさらに人が亡くなっていること
あの線路わきのはまなすのかげで銃創をうけた小さい女の子が亡くなっていること それらを刻む碑

これをここに今でもある小学校の生徒は知ってるんだろうか?教師たちは毎年手を合わせに来るけれども・・・
いま事実をそのままに伝えることすら難しく躊躇する時代になってしまったけれども 生徒みんなで手を合わせるぐらい、ねえ・・・したってねえ・・・

それを繰り返し繰り返し つぶやいておられました  

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また来年お会いしましょう どうかお元気で



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北海道に空襲があった日

北海道空襲wiki
[ 2016/07/21 ] 釧網本線 | TB(-) | CM(2)

こんにちは

jam様のハマナスと線路の写真を拝見してすぐ
小清水原生花園だと分かりました。

早いもので原生花園駅に降り立ち
お水を捧げ手を合わせてから1年経ったのですね。

あの時 踏み切りの近くでバラの香りに導かれて
線路端のハマナスの花に気づかされたことを
今でもはっきり覚えています。
その後 書籍で天使様はバラの香りがすると知り
天使様のお導きだったのだと感じています。

元少年兵の方がご存命だったとは驚きです。
亡くなった少年兵の方達がその方を守護して下さったような気が致します。

私は無力で何もできませんが
ただ原生花園で空襲があったことを死ぬまで記憶しておくことがせめてもの供養だと感じます。

合掌
[ 2016/07/21 13:45 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんにちは

覚えていてくださって、感謝いたします
原生花園駅わきのはまなすのしたにちいさなお地蔵さんをおいてお水をささげてまいりました
観光客がたくさんいたのですが その誰もいなくなる一瞬を狙って(;^ω^)

はまなすは今年もよい香りを漂わせていました
可憐で おっしゃるとおり私もこの時期この香りに導かれました
最初は慰霊碑だけにしようかと思ったのですけれども
その慰霊碑のお花の香りに やっぱり紀子ちゃんにはご挨拶してこないとと思ったのです

鉄道風景をこのみ 鉄道にかかわる日々を過ごしている遠い縁
どうか 鉄路がもう理不尽な争いで損なわれることがないように せっかくの先人の鉄路敷設のご努力を無駄にすることがないように あんしんしてこどもたちが鉄道の旅をすることができますように
紀子ちゃんの命をわすれないようにと
たくさんたくさん願って祈ってきました きっとあちらで呆れていることと思います(笑)

元少年兵のお方が 当時被害にあい即死は免れたけれども数時間で亡くなってしまった同僚の姿をはっきりと覚えていると
そのことをお話しくださいまして やはり生き証人の言葉は迫力がありました
少年兵と言ってももともとは農家の子だったり商人の子だったり 何の武器も持たずただ日々軍隊式の生活をさせられていた子どもたちです なんともやりきれない気持ちです

私も全くの無力です なーんもできません ほんとうに覚えていることぐらいしかできませんものですから
せめて忘れないように忘れないようにと 思っております

[ 2016/07/21 16:06 ] [ 編集 ]

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