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花菖蒲








   故郷サッポロは私の記憶の中では160万人都市と習ったのだけど いまは200万とか





   JRタワーに上るとめまいがしそうなぐらい都会圧




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   札幌と言えど私が住んでたとこは 子どものころはど田舎
   周りは畑や牧場もまだまだ多く  線路を煙はいて蒸気が走るディーゼルが走る
   老朽化でもうすぐなくなる「グリーンドーム」周辺(産業共進会場って言ってた昔牛の品評会場だったとこ)からは
   飼料のにおいが月寒丘陵からうちにまで風に乗って降りてきた











   畑や牧場はなくなり住宅地になったけども  
   昔からある農業専門学校とその演習畑はそのまんまそこに在り
   昔から菖蒲の季節は一般開放もしてくれる それも昔のまま
   昔と違うのは 生徒さんが作った花の苗や直売の野菜なんかも売るようになったとこか


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   子どものころ 裏道とかから(川伝いに)友達と一緒に来たり一人で何度も来たりしてたなじみの場所  

   花の好きな母とも何度も来た記憶在り






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   年とったわ もう年だから この年だときつくて と電話口で盛んに言う両親
   確かに父も母もだいぶ弱ってしまって(口は達者だけど) 家から歩いてくるのは相当調子よい時しか無理だけれども

   出来れば毎年この季節いちどは連れてきたいなと思う

   

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   もともと父も母も自然豊かな海山育ち

   アスファルトの上歩くよりか 気持ち良いしね


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   離れて住む両親に月に一度は会いに来ねばと 
   でも正直故郷の町にはよい思い出がほとんどなく帰省のたびにきつくて嫌だったんだけども
   原風景に触れたらちょっと気持ち浄化されたような感覚



   

 




   足の弱いくせにつえは「ばあさんみたいだから使いたくない」という、自称キュートな喜寿母と
   腕を組んで歩くのも悪くないと思うようになった、もうすぐ五十路の娘なりき  


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北海道農業専門学校 八紘学園



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[ 2016/07/28 ] 花いろいろ | TB(-) | CM(6)

こんばんは。

ご両親との関係、ぜひ大事になさってください。

僕は親父とは一緒に仕事はしてましたが、
性格も似てるしすごく嫌いだったんです。
ひどいことも言いましたし口もほとんどききませんでした。

でも、もうどうやっても二度と相見えることができないとなったいま、
いろいろ謝りたいしすごく会いたいです。
[ 2016/07/28 01:34 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんにちは




私も両親とは・・・とくに母とのあいだには複雑な感情が横たわっていました
心の底からの声を母に向かって言葉にしたことはいまだにありません
母は率直な人で 敬虔な信仰篤いクリスチャンで 嫌いではありませんでしたが
母はいつも正しく 私の抱えるいろんなことはいつもクリスチャンというフィルターで回答され
母の前では私は本音を言えません 嘆くこともできないので 助けを求めることもありません
そういった意味で 私も母とは表面的には仲良しですが 肝心なことは何も話せないままです
でもなんとかなってるのは 離れて生活しているからだと思います 
私なんかよりもkyo-toさまのほうがちゃんとベクトル(反発という形でのアクション)をお父様に向けていらっしゃっていたかもしれませんよ
私は優等生の仮面でアクションを向けることをしてこなかったので 今になって戸惑うこと多しです
 

これは・・・同性だからなのでしょうかしらね 
息子たちもダンナにはどうもちゃんと向き合えず微妙なベクトルの向きです

最近息子たちが自立し始め成長し始めたので 両親の様子を見に月に一度は故郷に帰ることにしています
久しぶりに会うと というか 久しぶりに会った方が素直に気遣いいたわりができたように思いました
高齢の両親の生活を大事に いつなにがあってもすぐ私が駆け付けられるように(兄一家は横浜在住なので)
両親が考える「終活」のかなり具体的な話もしていますし 具体的な手続きの話もしています

なんだかんだ 私が今あるのは両親のおかげで 母との間のことも私の糧になっています
母の人生父の人生それぞれに抱えてきた日々を決して粗末にはしたくない
クリスチャンである母がなぜクリスチャンになったのかを思いめぐらせます なぜあの言葉を私に向けたのかを考えられるようになった年齢になったので(この年になってやっとですが)
両親が決して、困難にあっても、孤独にならないように寂しさを感じないようにつらくないようにと 思っています

ただ 物事には時があり

聖書の言葉なんですが
何事にも時があり
生まれるとき死ぬとき 植えるとき植えたものを抜くとき
抱擁の時抱擁を遠ざける時 求めるとき失うとき 裂くとき縫うとき
・・・
私にも あの時ああすればよかったと思うことは数多く この先ももっと後悔することがあると思いますが
きっとそれを 何かの形で縫い 綴り またほどきまた縫うときがあるんだと思います
これはきっと ニンゲンにはどうしようもできない、なにか なんでしょうね


両親とのあるだけの時間 大事にしますね
お言葉ありがとうごさいます 感謝








 



> こんばんは。
>
> ご両親との関係、ぜひ大事になさってください。
>
> 僕は親父とは一緒に仕事はしてましたが、
> 性格も似てるしすごく嫌いだったんです。
> ひどいことも言いましたし口もほとんどききませんでした。
>
> でも、もうどうやっても二度と相見えることができないとなったいま、
> いろいろ謝りたいしすごく会いたいです。
[ 2016/07/28 17:49 ] [ 編集 ]

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[ 2016/07/29 00:40 ] [ 編集 ]

こんばんは。

Jamさんの記事を読んで、今年13回忌を迎えた母を思い出しました。料理が好きでTVの料理番組を見ていて、私たち家族が遊びに行くと食べさせるのを楽しみにしていたようでした。85歳を過ぎたころ、鍋の空焚きをしたことがあって、母と同居していた姉と相談して、過熱防止機能の付いたガスレンジと交換したところ、”火の使い方がわからない”と言って料理をしなくなってしまいました。そのあと急に老けたような・・・ 心配が老化のトリガーになってしまったようで、ちょっと後悔の気持ちもあります。
お母さまは喜寿ではまだ大丈夫でしょうが。高齢者扱いすると叱られるのでは?
私は今年の運転免許の更新で’高齢者教習’なるものを受けてきました。周りから年寄り扱いをされると怒ったふりをしていますが、体力記憶力の減退は痛感しています。
北海道旅行をするためにまだ現役で仕事してます。

6月に遠軽に行ったときに、こんた君の兄弟?に化かされました。道路の中央にキツネが1匹倒れていて、傍らでもう1匹がのぞき込んでいました。車にはねられたのかと減速して近づくとムックリ起き上がって”エサ頂戴!”と。キツネにとって観光客の車に愛嬌を振りまくのが一番簡単なエサの入手法になっているのでしょうか。”楽しませてくれてありがとう。だけど、エサはあげられないんだヨ”と言って別れました。

来春、初孫が忌まれる予定なので、木楽館かチャチャワールドへ木のおもちゃを買いに行こうと計画中です。6月に行ったときに歩行車を買おうかと思ったのですが圧力をかけている様で、止めました。
また。遠軽へ行く口実ができました。置戸も寄ってみようか。と
[ 2016/07/31 22:41 ] [ 編集 ]

Re: (^^)

鍵コメ様 ありがとうございます(^^)

体調管理 きちんとしないとですよね、
なによりいま 夏の暑さに負けないようにしないと(;'∀')


目の前の道を一歩ずつ ですよね
目の前すら見失わないようにしていかなくてはって思っています・・・
[ 2016/08/01 23:22 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんにちは

私の母も料理が好きで 常に料理への探求心は止まず」帰省のたびにおいしいご飯を食べさせてくれます
義母もそうなのですが、やはりお料理は一家の主婦として揺るがないものだなあって思いますね
なので 必要な時は私がやりますが ほとんど母にお料理は任せています
それが「ボケ防止」なんだよと母自身もうしておりますし、母の誇りを可能な限り守って大事にしたいなって思います
そのかわり片付けは一手に引き受けていますけれども

母よりも父のほうがちょっと心配のレベルが上がっていまして(;^ω^)
このあいだ父は運転免許を返上しました 傍目で見ていても助手席に乗っていても危ないと感じましたし
耳が遠くなっていますし
父自身も自覚はしていたようです が やはりそれは父の誇りでありましたし 仕方のないことだとはいえ、父の姿を見るとつらかったです ほかになにか父の大事な、不可侵なものがあればなあって思うのですが・・・
ただ 母によれば 最近父は料理に目覚めたらしく(;´・ω・) 全くふさぎ込んでいるようではないので少し安心です

父も母も年寄り扱いされるのはとても嫌がるんですが電話口では「もう年とったから」「年とったからだんだんなんもできなくなって来てさ」とか  ようするにたまに様子見にきてよ、話し相手になってよ という意味かなって思っています(笑)

お孫さん 楽しみですね(^^)丸瀬布のもくげいかんにもいいものおいていますよ(^^)


[ 2016/08/01 23:39 ] [ 編集 ]

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