石北本線 2016.09.26 (月)




















   とある日 ひとりきしゃに乗ってぶらぶらしてた中1男子のこころに感じ入ったらしい日差し


   息子の写真見てて不思議だなあと思うのは
   背伸びして撮った写真もわかるし あ、いいなってだけですっと撮った写真だってこともわかるし
   つらい時にとったものも わざとふざけた気持ちなのも 誰に向けて撮ったのかも 自分のためなのかも まあよくわかる
   撮りたくないもの 撮らなかったものは何かもわかる 
   若者ほどカメラもって一日散歩して撮り続ける経験したほうがいいなあっておもう




   背伸びをする必要はないし 自分自身の揺らぎを隠す必要もない  きれいだなと思えばそれをそういえばいい
   

  
  「朝日のような夕日を連れて」 いつか君もひとり立ち続けるんだろうから








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(次男撮影)












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朝日のような夕日をつれて
ぼくは立ち続ける
つなぎあうこともなく
流れあうこともなく
きらめく恒星のように
立ち続けることは苦しいから
立ち続けることは楽しいから
朝日のような夕日をつれて
ぼくはひとり
ひとりでは耐えられないから
ひとりでは何もできないから
ひとりであることを認め合うことは
たくさんの人と手をつなぐことだから
たくさんの人と手をつなぐことは
とても悲しいことだから
朝日のような夕日をつれて
冬空の流星のように
ぼくは ひとり


               鴻上尚史   戯曲「朝日のような夕日をつれて」 冒頭

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